1日1捨て。小学校の卒業文集を捨てた

handsan_meです。こんにちは。

24年前、僕は小学校を卒業しました。思い出が詰まっていると思っていたので、なかなか捨てる事ができなかった文集の一部を、今回捨てることにしました。

あの頃の僕はどんなだっただろう?みんなからどんな風に見られていたんだろう?捨てる前にちょっとだけのぞいて見ました。

ランキングで振り返る自分

クラス内のみんなで、それぞれ投票して色んなランキングが作られていました。その数14項目。僕はその中の3つで、一番でした。
1・声が大きい人1位 → 近頃じゃ「もうちょっと大きな声で話して」と奥様に言われるレベルに小さめ、、、。
2・目立つ人1位 → 目立っていたみたいだ、いい目立ち方か、悪い目立ち方かはわからない。
3・100歳まで生きそうな人1位 → 今の自分的には全然そんな気はしない。

 

そもそも文集は捨てないとダメなのか?

僕のランキングはどうでもよくて、話を戻します。文集は捨てないとダメか?

別に捨てなくてもいいと思います。人によって捨てたくないものは違うので、どんなものでも一概には言えない。

僕は今まで捨てられなかった。でも、今回「本当に必要か?」と自分に問いかけたところ、別に捨てていいんじゃないかと。

捨てるに至った3つのポイント

1,今後、何度見返すことがあるのか?

卒業後、24年で見返した回数はせいぜい2回。単純計算で、12年に1回。ここから50年生きたとしたら、見返すかもしれない回数は4回。その4回のために、このぶ厚い文集を何冊も保管しておくのかと考えたとき、必要ないと判断。

2,データ化すればいいんじゃないか?

数ヶ月前、CDを捨てたときと同じ。基本的にモノは持つことが重要ではなく、モノが活かされることが重要。CDからしたら、聞いてもらうことが本望である。基本的にiPhoneか、車で音楽を聞くので、データがあれば充分である。

小学生の時に、両親に宛てた文章や、自分が書いた壁新聞など。何も残さずに捨てたら、2度と見られないと思うとなかなか捨てられないので、せめて必要なページだけ写真に撮ってデータで残すことにした。

例外で言えば、CDやレコードのジャケットを、インテリアの一部として飾ったりする用途で使う場合。それはそれでモノが活かされている状態なので、捨てる必要はない。

3,同級生に借りたらいいんじゃないか?

ここまでするほど見たいなんてことは無いと思うけれど、どうしても見たくなったら、友達の家に行こう。文集を保管している友達が絶対いるはずだ。

まとめ 思い出の扱い方

思い出はモノに残るのではない。見返さないと思い出さない思い出は、正直、あってもなくてもいいものなのかもしれない。

ちょっとでも、これ持ってる必要あるのか?と疑問に思ったのなら、上記、3つのポイントを思い出してみてほしい。ただ持っているだけの、活かされていないモノは減らして、スッキリした生活へもう一歩近づけるかもしれない。

Have A Nice Day

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